GISリテラシー教育を全ての国民に ―「地理総合」(仮称) 高校地理歴史科の必履修科目へ- |
||
碓井 照子 (日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会委員長)
日本のGIS政策が本格的に実施されるようになるのは、1995年の阪神淡路大震災以降といわれる。2007年に地理空間情報活用推進基本法が制定され、基盤地図情報もインターネットからダウンロード可能になった。今やGISが地方自治体の業務を支えているといっても過言ではない。しかし、一方で、国民の多くはカーナビは知っていても、GISについては、未だよくわからないという現実がある。 地理空間情報を正しく活用する社会を形成するためには、全国民がGISリテラシー教育(基礎能力育成教育)を受けることが不可欠といわれてきた。必履修科目の「地理総合」(仮称)に地図/GISの技能育成が重視されたことは、全ての高校生がGISに関する基礎的知識と技能を学んで卒業することを意味している。地理総合(仮称)の必履修化の社会的意義は大きい。 1989年の学習指導要領改訂で社会科が、「地理歴史」科と「公民」科に分割され、それまで必履修科目であった地理と日本史は選択科目になり世界史が必履修科目になった。それから27年、地理教員の減少に伴い高校で地理を学べない環境が増加し、地図や測量、国土に関する高校生の関心が著しく低下した。地理空間情報社会が到来しているにもかかわらず、地図や地理に関心のない国民が形成されてきたといえる。 私は、日本学術会議会員に就任した2005年10月、GISリテラシー教育を必履修科目として学校教育で実施することの社会的要請を強く感じていた。2007年には、地理空間情報活用推進基本法が制定され、政府は次世代の地理空間情報社会を担う人材育成のため、国土交通省国土政策局を中心に文部科学省と連携して初等中等教育へのGIS教育の推進政策を開始した。同年9月、日本学術会議からは「現代的課題を切り拓く地理教育」の提言※1を公表したが、世界史未履修問題もあり、地理必修化は実現できなかった。2009年3月の高等学校学習指導要領では、地理教育の中にGISが教育内容として明示されたが、学校のIT環境の未整備などもあり重視されていたというわけではなかった。2010年からは地理情報システム学会、国土交通省、毎日新聞社が連携して初等中等教育における「GISを活用した授業にかかわる優良事例表彰」を実施し、現在も継続されている。 この表彰制度の中で、学校教育現場におけるGIS教育の実践が蓄積されていったといえる。 |
||
※1 2007年では、学術会議の提言は対外報告と呼ばれていたが、その後、改称され提言という用語に統一された。「現代的課題を切り拓く地理教育」http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t42-1.pdf ※2 学校地理教育小委員会、大学地理教育小委員会 防災・環境教育小委員会、地図/GIS教育小委員会 現在は地誌教育小委員会を含め5つの小委員会がある。 ※3 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t130-2.pdf ※4 ESD:Education for Sustainable Development 持続可能な開発のための教育 ※5 http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t199-3.pdf |
||
2009年には、日本学術会議の中に文理統合による地理教育分科会を人文社会科学(第1部)に所属する地域研究委員会と自然科学(第3部)に所属する)地球惑星科学委員会の合同の下部組織として設置することができた。この地理教育分科会の下に4つの小委員会※2を設置したが、その一つが、地図/GIS教育小委員会で、現在、GIS学会長の矢野桂司氏がこの小委員会の委員長として活躍している。2011年8月、日本学術会議は、「新しい高校地理・歴史教育の創造-グローバル化に対応した時空間認識の育成-」※3で地理基礎、歴史基礎の各2単位の必履修化を提言し、地理基礎では、地図/GIS教育、自然地理/環境・防災教育とESD教育※4、地域づくりに重点をおいた課題解決型教育を重視した。さらに2014年9月には、「地理教育におけるオープンデータの利活用と地図力/GIS 技能の育成‐地域の 課題を分析し地域づくリに参画する人材育成‐」※5を提言したが、この中で国土地理院の地理院地図を学校教育の防災学習やGIS技能育成で利活用することを提言し、地理教育分科会に学校教育における地理院地図利活用のワーキンググループを設置した。基盤地図情報や地理院地図、統計GIS等の活用等を学校教育に導入することにより、地理空間情報活用推進基本法の目指す人材育成が可能になる。 次期改訂の指導要領は、2016年度中には中央教育審議会の答申を行い、告示、教科書の作成や検定・採択を経て2021年度から実施予定としている。2015年8月に地理総合(仮称)必履修化の方向性が公表され、文部科学省教育課程部会高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チームがその内容の審議を行っているが、地理総合(仮称)のイメージは、図1に示したようにGIS、グローバル化、防災、ESDで現代的要請に応える課題解決型学習を重視し、日本学術会議の提言が活かされた内容となっている。現在は、教育課程部会の特別チームで具体的な教育内容の審議がされている。 現在、必履修化実現に向けての最大の課題は、学校現場の教員への地図/GIS研修や自然地理研修といわれている。産官学が連携してこの課題に取り組まないと未履修問題が発生する可能性も考えられる。 月刊「測量」(日本測量協会)2016年5月号掲載記事より |
||
図1 地理科目改定の方向性(2017年12月21日段階) (文部科学省教育課程部会高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チーム審議資料引用) |