ハーバード大GIS書籍「GISの位相的データ構造に関する第1回シンポジウム論文集、1978」
NPO法人全国GIS技術研究会理事長 碓井照子
若い頃は、都市地理学や計量地理学が専門でした。1970年代初期は、GISという言葉もなく、地理学ではコンピュータを利用した地理学研究が出始めたころでした。紙カードや紙テープに穴をあけて情報を入力するという時代で、カフェテリアという待合室で、コンピュータからの計算結果を待ちながら銀色のジュラルミンケースを持ち歩くことが一種のステイタスであった時代です。私は、FORTRANというプログラム言語を独学でマスターし、因子分析法のソースプログラムをいくつかのサブルーチンに分割して因子分析法により1970年代の奈良盆地の中心地構造(都市的機能を有する集落)を研究していました。
私が、研究していたのは米国のブライアン・ベリー(Berry,B.J.L.)という研究者の中心地の階層構造モデルでしたが、このブライアン・ベリーが、ハーバード大学の地理学教室へ赴任し、コンピュータグラフィックス・空間分析研究所(Harvard Laboratory for Computer Graphics and Spatial Analysis :LCGSA)の所長に就任したのです。このハーバード大学の研究所が、GIS研究の発展に多大な貢献をしたことは有名ですが、この研究所が世界で最初に開催したGISの位相構造データに関するシンポジウムの論文集「Dutton, G. (ed.) (1978). Harvard Papers on Geographic Information Systems. (proceedings of first International Symposium on Topological Data Structures for Geographic Information Systems). Reading, MA: Addison-Wesley, 1978; 9 vol」がハーバード―大学の学術書籍として出版され、この書籍を奈良大学の図書予算で購入したのです。茶色の箱ケースに7冊(合冊あり)の濃い水色カバーの論文集として納められていました。私が長期貸し出しをし、定年まで研究室の書架に保管したのですが、定年退職時に返却し、その後、図書館の未処理済み書籍として倉庫に入ってしまったのか、現在は、大学の書架には収納されておらず検索しても見つからない状況です。
このシンポジウムの論文集が、私が初めてGISの論文に直接触れた時でした。ブライアン・ベリーは、計量地理学の研究者でGISの研究者ではありませんが、私はこの学術書籍との出会いからGIS研究を始めることになります。 1978年に世界で最初のオブジェクト指向のGISシンポジウムが開催され、GIS研究の初期段階であったにもかかわらず、当時の最先端の論文が集められていたのです。その後、何より、編集者で主催者であったジオフリー・ダットン(Dutonn,G)等が開発したODESSAYというGISソフトのデータ構造が位相構造的なデータベース構造を有しており、コンピュータグラフィックスとGISの相違は、空間分析が可能という点にあること、その背景には、データベースが位相的な構造を有していることなどは、この論文を読む中で知りえたことでした。GISの本質に関係する論文が多数、収められていたのです。後に人文地理(47巻6号,1996)という雑誌に「GIS研究の系譜と位相構造概念」を発表しますが、GISの位相空間概念に注目したのもこの書籍との出会いがあったからです。
ODYSSEYは、その後、ESRI社の商業ソフトARCINFOとして発展し、現在はARCGISとして世界的なGISソフトになっています。1987年、MSDOS版のPC-ARCINFOがリリースされ、日本でも購入可能になった時、高価ではありましたが科研費で1ライセンスを購入し、GISソフトを利用した奈良県データベース作成という研究を始めました。その後、UNIX版のARCINFOを科学研究費で5ライセンス購入し、1995年の阪神淡路大震災直後にGISデータベースを学生達と作成できたのも1980年代後半からGISソフトを利用したGIS教育を実施していたからだと思います。1990年代初頭の教え子である織田勝彦君は、奈良大卒業後、米国の州立トレド大学で修士号、州立テキサス大学A&Mで博士号を取得し、現在は、私立南カリフォルニア大学でオンラインGISの専任講師をしています。
この書籍には、オブジェクト指向GISの初期の論文も収められており、ISO/TC211の地理情報の標準化委員会の活動にも影響を与えていきます。私が、日本のISO/TC211国内委員会のメンバーになったのもこの書籍との出会いがあったからです。
月刊「測量」(日本測量協会)2016年3月号掲載記事より